「幕末に来た外国人が日本は子供の天国だと驚いた」後編【18~19世紀ごろのフランスと日本の子供の育て方の違い】

フランスと日本、都会と田舎、中上級階級と庶民など、さまざまなはざまで生きてきた境界人であるため、他の人と違う視点を持った著述家として活動しています。コラム執筆などの依頼も請け負っております。

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「幕末に来た外国人が日本は子供の天国だと驚いた」後編【18~19世紀ごろのフランスと日本の子供の育て方の違い】 日本の文化・習慣を知る
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はーい(^O^)/Ulalaです♪今日は、日本は子供の天国だった話です。

昨日はフランス編でしたが、結構厳しい内容だったのではないでしょうか…あれでも、結構配慮したのですが…

しかし、今日は大丈夫です(^^♪今日は、日本編後編です!

「里子が全盛期だったフランスの18世紀~19世紀」前編【18~19世紀ごろのフランスと日本の子供の育て方の違い】
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↑に書かいたように18世紀~19世紀のフランスでは、都会に住むほとんどのお子さんが里子に出されていました。そのため都会の街中にお子さんが遊んでいる姿を見るのは稀だったと思われます。

それでは、そんな状況下からきた外国人たちは、日本のことをどのように感じたのでしょうか。

今日も張り切ってまいりましょう(* ̄0 ̄)/ オゥッ!!

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日本は子供の天国。自由に遊ぶ子供たち

ドイツ人のネットーは、日本の子供たちが路上で遊んでいる姿を見て、こう書き残しています。

子供たちの主たる運動場は街まち上なかである。……子供は交通のことなどすこしも構わずに、その遊びに没頭する。かれらは歩行者や、車を引いた人力車夫や、重い荷物を担いだ運搬夫が、独楽を踏んだり、羽根つき遊びで羽根の飛ぶのを邪魔したり、紙た鳶この糸をみだしたりしないために、すこしの迂り路はいとわないことを知っているのである。馬が疾駆して来ても子供たちは、騎うま馬のの者りてや馭者を絶望させうるような落着きをもって眺めていて、その遊びに没頭する。」

このように、当時は、町で遊んでいる子どもが危ないのに馬や乗物をよけすらせずに路上で遊んでいたそうです。ちょっと、それは現在の日本ではありえないことですがこの時代の日本は違ったようですね。

この現象は、ネットー曰く、

「大人からだいじにされることに慣れている

ということ。

「日本ほど子供が、下層社会の子供さえ、注意深く取り扱われている国は少なく、ここでは小さな、ませた、小髷をつけた子供たちが結構家族全体の暴君になっている。」

日本では、子供が大人から大事にされているため、子供が親のいう事をきくのではなく、親が子供の言うことをきいているというのです。

服従させることを当然としていたヨーロッパと違い、日本では子供が一番大事とされていた様子がうかがえます。

モースはこういいます。

「私は日本が子供の天国であることをくりかえさざるを得ない界中で日本ほど、子供が親切に取り扱われ、そして子供のために深い注意が払われる国はない。ニコニコしている所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい。

日本の子供たちは、小さい頃からずっと家族の中で育ち、大人たちとも一緒に遊んだりしながら、自由に遊んでいました。

もちろん、大人と一緒に遊ぶということは、上手に遊ぶことも学んでいるという事で、子供たちだけで遊んでいることもできました。

しかも、大人はそんな子供たちを尊重して、反対にじゃましないようにすらしていたのです。子供の天国でないはずがありません。

1872年(明治4年)から76年までおなじくお傭い外国人として在日したフランス人のブスケは、子供が大変迷惑だと書いています。

「家々の門前では、庶民の子供たちが羽子板で遊んだりまたはいろいろな形の凧をあげており、馬がそれをこわがるので馬の乗り手には大変迷惑である。親は子供たちを自由にとび回るにまかせているので、通りは子供でごったがえしている。たえず別当が馬の足下で子供を両腕で抱きあげ、そっと彼らの戸口の敷居の上におろす。」

フランス人からみると、このように自由に遊んでいる子供たちは、大変迷惑だと感じたようです。

当時、フランスでは、大人の邪魔になるような子供は厳しく罰せられたためこのような自由な子供たちはあまりいなかったのでしょうね。

ブスケが、子供たちが、他のどこでより甘やかされ、気を使われていると感じていましたが、それは体罰でしつけてないという意味でもありました。

日本の子供たちは、体罰されずのびのびとしていた

ヨーロッパでは、子どもは「野蛮」なのだから体罰=鞭(むち)という「文明」でしつけることが教育とされていました。

そのためフランスの学校の教室には、シラク元大統領の子供の時代にも、マルティネと呼ばれる鞭が普通にあったぐらいです。

↓記事参照

仏、遂に“尻たたき”禁止令 | "Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

しかし、そういった体罰は、江戸時代前からも日本ではほとんどなかったようです。

1563年(永禄6年)に日本に来たルイス・フロイスもこう記述しています。

「われわれの間では普通鞭で打って息子を懲罰する。日本ではそういうことは滅多におこなわれない。ただ言葉によって譴責するだけである」。

1775年(安永4年)にオランダ商館付医師として出島に赴任したカール・ツンベルクもこう書いています。

「注目すべきことに、この国ではどこでも子供をむち打つことはほとんどない。子供に対する禁止や不平の言葉は滅多に聞かれないし、家庭でも船でも子供を打つ、叩く、殴るといったことはほとんどなかった

よっぽど、ヨーロッパでは子供を鞭で打っていたのでしょう。こんなことで驚かれている方が驚きです。

しかも、鞭で打たなくても、日本の子供はヨーロッパの子供よりもよくしつけられていたと言います。

先ほどのフランス人のブスケも、子供が鞭で打たれていなくてあまやかされていると言っていましたが、

「日本の子どもはたしかにあまやかされているが、フランスの庶民の子どもよりよくしつけられていると感じた。

とも語っています。

1889年5月に公使として東京に着任したヒュー・フレイザーの妻、フレイザー夫人は日本の子どもは、

「怒鳴られたり、罰を受けたり、くどくど小言を聞かされたりせずとも、好ましい態度を身につけてゆく」

と言っています。

「彼らにそそがれる愛情は、ただただ温かさと平和で彼らを包みこみ、その性格の悪いところを抑え、あらゆる良いところを伸ばすように思われます。日本の子供はけっしておびえから嘘を言ったり、誤ちを隠したりはしません。青天白日のごとく、嬉しいことも悲しいことも隠さず父や母に話し、一緒に喜んだり癒してもらったりするのです」

モースもこう言っています。

日本人は確かに児童問題を解決している。日本の子供ほど行儀がよくて親切な子供はいない。また、日本人の母親ほど辛抱強く愛情に富み、子供につくす母親はいない

赤ちゃんの頃から、ずっと家庭で育ち、大人も子供も一緒に川の字で寝て、一緒に遊び、一緒に働き、一緒に食事してきた親子はどこか一心同体的な関係でもあったのかもしれません

親の献身、特に母親の献身が子供の情緒も落ち着け、信頼関係も築けるため、体罰をすることなく、好ましい態度を身に着けることができたのでしょう。

日本の子供たちは自然の子

日本の子供たちは、このように、体罰で矯正されることもなく、自分がしたいことを制限されることがなく、自然な状況で成長していきました。

だからこそモースは、日本の子どもが「他のいずれの国の子供達より多くの自由を持っている」と感じたのかもしれません。

1859(安政5)年、初代駐日イギリス総領事兼外交代表として来日したラザフォード・オールコックは「イギリスでは近代教育のために子供から奪われつつあるひとつの美点を、日本の子供たちはもっている」と感じていたようです。「すなわち日本の子供たちは自然の子であり、かれらの年齢にふさわしい娯楽を十分に楽しみ、大人ぶることがない。」

江戸幕府が創設した長崎海軍伝習所の第2次オランダ教師団の司令官として、1857年(安政4年)に来たリッダー・ハイセン・フォン・カッテンディーケには、そのような自然な日本の子供たちは、ルソー風の自由教育が行われているように見えたようです。

子供たちが自然のままに生きている世界は、まさにルソーが「エミリー」の中で書いている子育ての理想の世界に似ています。しかも、わざわざ「子供は純粋であるべき。」などという枠組みに押し込まれない状態で、自然に「純粋」な生活をしているのです。

しかし、これが、物心ついていくるとかわってくるという記述もあります。大人と一緒に学んできているのでの知恵も十分ついてくるため、子供なのにもかかわらず従うことなく口達者にもなり、子供を従わせることが普通だった外国人には生意気に感じたのでしょうね(^^♪

「幕末に来た外国人が日本は子供の天国だと驚いた」後編まとめ

日本では、フランスのように里子に出されることもなく、赤ちゃんの時から家族とくらして育ち、道端でも自由に遊んで育ちました。大人の方が子供に気を使ってきた感じです。

そして、ヨーロッパのように鞭で子供を服従させることもありませんでした。鞭で打っていないので甘やかされていると思わていましたが、鞭で打たれているヨーロッパの子供たちよりもちゃんとしつけがされていたのです。

日本は、赤ちゃんの頃からどちらかというと、自然な生き方をしてきました。日本庭園の話でもそうですが、日本は常に「自然」なのです。

そんな日本の自然な子育ては、外国人の目には、「ルソー風の自由教育」を実践しているようにも映りました。まさに、ヨーロッパでようやく唱えられ始めた教育法を、すでに実現していたのが当時の日本だったのかもしれません。

この後は、そんな子育てに関してはヨーロッパの最先端な教育と引けをとらなかったことも知らず、日本のいいところを捨てて、子育てに関しても外国を真似していく時代となっていくのです。

以上で、日本編は終了です。

明日は、いよいよフランス編後半。日本との落差を感じることができるでしょう。

でわでわ、また明日~(^^♪

なお、ここに出てくる幕末の人々の言葉は、とてもよくまとまっている本逝きし世の面影から全て引用したものです。ここでは一部しかご紹介しませんが、本には多くの分野について語られている幕末の外国人の言葉が非常によくまとまっており、本当に素晴らしい一冊なので一読をお勧めします♪

逝きし世の面影
渡辺 京二

幕末・明治の外国人訪日記を博捜・精査し、彼らの目に映った豊かな文明の諸相から近代日本が滅亡させたものの意味を問う。

「幕末に来た外国人が日本は子供の天国だと驚いた」前編はこちら↓

「幕末に来た外国人が日本は子供の天国だと驚いた」前編【18~19世紀ごろのフランスと日本の子供の育て方の違い】
はーい(^O^)/Ulalaです♪今日は、幕末の日本の子供のお話!この4,5日ほど、体調を崩していてブログの更新ができていませんでしたが、やっと本調子が戻ってきたのでまたブログ更新再開していきます(^^♪体調悪い間なにして...

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