「谷口ジロー」がフランスで愛された理由

フランスと日本、都会と田舎、中上級階級と庶民など、さまざまなはざまで生きてきた境界人であるため、他の人と違う視点を持った著述家として活動しています。コラム執筆などの依頼も請け負っております。

ulalaをフォローする
フランスで見つけた日本
この記事は約8分で読めます。

日本よりもフランスの方が人気があったのではないか?とも言われる漫画家 谷口ジロー氏の訃報を受けて、谷口さんの作品をいろいろ見直したりしたので、まとめてみようと思います。

谷口ジローさんは、フランスで『遥かな町へ』が発表されて以来、フランスでは高く評価され続けてきました。

アングレームで最優秀シナリオ賞(『遥かな町へ』、2003年)、最優秀デッサン賞(『神々の山嶺』、2005年)などの賞も受賞。平成23年にはフランス政府から芸術文化勲章の「シュバリエ」を贈られています。

そして、谷口ジローさんが亡くなったことは、フランスの多くのメディアでも報じられたのです。

スポンサーリンク

ヨーロッパで大人気の谷口ジロー

ヨーロッパ、それも特にフランスで高い評価を受けていた谷口さんの漫画

でも、谷口さんは言います。

「なぜでしょうね?でも、欧米の作風を真似たわけではありません。」

谷口ジロー
youtube.com

なぜ、ここまでフランスで人気があったのか?

私が思うに、谷口さんの作風は日本の漫画と言うよりもBDに近く、その表現方法は心理描写に重点を置くフランス映画の雰囲気そのものであるからではないでしょうか?

BD(Band Dessinee)は日本語訳で「漫画」と言われていても、日本の漫画の扱いとは違い、フランスでは芸術として国に認められています。

よって、BDを描く漫画家は芸術家

谷口さんの描く漫画は、絵も描写方法もヨーロッパの美しい風景そのものであり、フランス文化に対する親和性がとても高い芸術品の一つ

 ↓ルイ・ヴィトン「トラベルブック 2014」- 谷口ジローが描くヴェネツィア

(ルイ・ヴィトン「トラベルブック 2014」- 谷口ジローが描くヴェネツィアより)

その証拠なのが、谷口さん原作のフランス映画「遥かな町へ(仏題:Quartier Lointain)」

映画は、純日本を描いた漫画と同じストーリーなのに、フランスの街並み、フランス人の俳優に置き換えててもなんの違和感もない。それどころか、とてもフランスっぽい映画となっています。

映画 遥かな町へ(仏題:Quartier Lointain)

遥かな町へ [DVD]
パスカル・グレゴリー (出演)

映画「遥かな町へ」(仏題:Quartier Lointain)は、ベルギー、ルクセンブルク、フランス、ドイツの欧州各国による共同製作。

ストーリー

パリ暮らしの48歳の中年の漫画家が、母の墓前で突然のタイムスリップ、主人公の肉体は14歳の少年時代に戻ってしまう。しかし、意識は現在のまま、当時、突然失踪した父を思い止まらせようとするが・・・。

映画ではアルプスを望む美しい湖畔の町を舞台にしていて、フランス映画らしくありがながらも谷口ジロー風で、あらゆる画像が美しく、ゆったりと静かに流れていきます。

しかも、この作品に込められていると感じるのは

「自分の人生を生きよう」

「忘れかけている幸せを再発見しよう」

と言うメッセージ。

これらの言葉はフランスで日常的に言われていること、そのものでもあります。

「そうすべきだと思って生きてきたが自分の意志じゃない。手遅れになる前にやり直したい。お前も大人になれば分かる」

と涙を浮かべながらパリ行きの列車へと乗り込む父を、結局トマは止めることができませんでした。

戦後は大変だったから、叔父の店を継いだが、父が仕立て屋の仕事を選んだのは「自分の意志ではなかった」。戦争で親友がなくなったため、その婚約者だった母と結婚したのも、自分の意志ではなかったのでしょう。

我慢の限界が訪れたのは結婚して15年が経ったとき。更に、サナトリウムで人生を過ごした知り合いの女性の言葉にはっとさせられるのです。

「何とか生きてきたけど真の人生ではなかった。」

その後、背中を押されたように、失踪した父・・・

トマがタイムスリップしたことで、理解できたのは父のことだけではありません。

苦労して亡くなった母が、苦しい人生になった理由にも気づくこととなります。

父が失踪しても、苦労しながら夫が帰ってくるのを待つ母。そんな母を想い、家事に追われて散歩にも行けない母を外に連れ出したり、母を楽しませるトマ。14歳ではできなかった気遣いも、48歳だからこそ、できることでもあるかもしません。

そして、父が去った後「いつか戻ってくるわ」と言う母に、こう言います。

自分の人生を大切に。あなたはまだ若い。父を待たないって約束して。約束して。」

そして、そっと母を抱きしめるのです。

自分の人生を大切に。

この言葉は、本当にフランス人がよく言う言葉です。子供にあまり自分の時間を使わず、人に預けたりするなどして、自分の時間を持とうとするフランス人。

フランスでは、子供に自分の全ての時間を使うことはよくないと言います。自分の人生を託しても、いつかは独立して離れていく子供達。子供との時間を持つことも大切だけども、自分の時間を持つことはもっと大切。なぜなら、それは自分のためだから。

夫婦関係もそれと同じ。伴侶が自分の人生とは合わないなら、別れる方が自分のためなのです。

それも、これも、自分の人生を生きるため

そんなフランス人の言葉の意味を『遥かな町へ』は、完全に説明しきっているのではないでしょうか。

映画の最後のシーンは、タイムスリップの旅を終えて、父の失踪の理由を知ることができただけではなく、トマが「自分の人生を生きることの大切さ」そして「自分の人生を生きてきた自分がどんなに幸せであるか」を再認識したようにも見えます。

そんな、生きる上で大切なことを美しい描写の中で教えてくれる『遥かな町へ』は、まさに素晴らしい芸術作品。

描写の細かさから、時代ごとの生活や描かれた人の人生が目の前

ちなみに、『遥かな町へ』の原作である漫画の方は内容は映画とほぼ一緒ではあるものの、詳細な描写で描き出された「昭和の生活の様子」を感じることがでる点も面白いところ。

遥かな町へ
谷口ジロー

都会に住む48歳の男がタイムスリップして14歳の頃に戻ってしまう。男の父は、家庭は円満だったにもかかわらず、彼が14歳のとき、誰にも何も告げずに家を出てしまっている。彼はその理由をいまだに知らない。タイムスリップした彼は、父が家を去る時になんとか引き止めようと説得するのだが、、、

そういう意味では、『坊っちゃん』の時代もとても興味深い作品。100年以上も昔の生活である「明治時代の様子」を詳細な描写を通して感じ取ることができます。

実際、夏目漱石によって書かれた本はとても有名で面白いのは間違いありませんが、それよりも夏目漱石の実際の人生の方がとても興味深いと思います。

日本のエリートとして英国に渡ったものの、強迫神経症に悩まされていました。西洋人による差別と共にコンプレックス。かといってこの時代は近代化を目標に掲げられている中、昔の日本がとても良かったとも言えない知識人としてのジレンマや葛藤。そして家長として家族を養っていかなくてはいけないストレス。お陰でいつも胃炎に苦しまれていた夏目漱石。

そんな夏目漱石が悩んでいたことは、実は現代人となんら変わらず、重なって見えることもしばしば。怒涛のような価値観の変革期を生き、そんな中で苦しむ夏目漱石に学べることも多いのではないでしょうか?

『坊っちゃん』の時代
関川 夏央 、谷口 ジロー

明治三十八年。現代人たる我々が想像するより明治は、はるかに多忙であった。漱石 夏目金之助、数え年三十九歳。見通せぬ未来を見ようと身もだえていた──近代日本の青年期を、散り散りに疾駆する群像をいきいきと描く第二回手塚治虫文化賞を受賞

また、平成6年から連載が始まりテレビドラマにもなった「孤独のグルメ(仏題:Gourmet solitaire)」の細かい描写もとても素晴らしい。

街の飲食店で1人で黙々と食事をする主人公の様子が描かれた漫画ですが、一枚一枚の絵がすでに美術品のような細かく書かれ、そしてその食事をする際の心理描写が克明に描かれています。

「全力に真剣に向き合ってくれた。たった8pにアシスタント3人も使って一週間もかけた。アシスタント代を払ったら原稿料では完全な赤字だ。」

なんでそんなに描き込むかと聞かれ、『この作品は言葉も少なく、料理の説明もほとんどない。だから、読者に主人公の気持ちを感じさせるには、主人公が見たものを見えたように描き込まなければならないんです』

と答えたと言う久住昌之氏
sponichi

だからこそ、ドラマでも根強い人気を持つ作品として今でも待ち望むファンも多いのでしょう。

谷口ジローさんの漫画を見ていると、

自分のスタイルを持つことの大切さ
表現力を持つことの大切さ

の意味を本当に理解させられます。

できるなら、もっといろんな作品を見たかったと思わずにいられません。

謹んで谷口ジローさんのご冥福をお祈り申し上げます。

フランスで放映されたドキュメンタリー

↓ルイ・ヴィトン トラベルブック 2014 谷口ジローが描くヴェネツィア

谷口ジローさんの描くルイ・ヴィトンのトラベルブックも美しい。

↓Louis Vuitton (ルイ・ヴィトン)「トラベルブック 2014」- 谷口ジローが描くヴェネツィア

コメント

タイトルとURLをコピーしました