どうすればフランス人に受け入れられますか?

フランスと日本、都会と田舎、中上級階級と庶民など、さまざまなはざまで生きてきた境界人であるため、他の人と違う視点を持った著述家として活動しています。コラム執筆などの依頼も請け負っております。

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フランスで見つけた日本
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先日、フランスに語学を習いに来た日本人女性の学生さんお会いして、おっしゃっていたことについて思ったことをtwitterで呟いたら、

思いかけず

大きな反響を呼び、

そこに投げかけれるコメントも大変興味深かったのでまとめてみました♪

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きっかけのつぶやき

ふと、つぶやいたつぶやきはこちらです。

この会話をしている時には、夢と希望を抱いてフランスに来ている学生さんをがっかりさせる必要もないので、何も言わなかったのですが、頭の中にはふと長くフランスに在住している方の言葉が浮かんでしまったのです。

少ししゃべっただけなので、学生さんの本心はわかりませんが、多分学生さんとしては謙虚に

「フランスは同化することを求めていいて、移民が同化しないと問題になっている中、自分はちゃんとフランス人に受け入れられるように同化に努めよう

と、思ったのではないかと推測します。

というか、私自身が最初そう思っていて、のちに在仏50年の方の言葉を聞いて、「はっ」としたのですが・・・

では、この言葉を聞いた、ツイッターでのコメントはどんなものだったのでしょうか。

ツイッターでのコメント

『黒い皮膚・白い仮面』は、↓こちらになります。いろいろな理解に役立つかもしれません。

黒い皮膚・白い仮面
フランツ ファノン

黒い皮膚への偏見に身を貫かれた自らの生体験から、黒人と白人の関係を理解する試みを開始した著者。黒人が白人社会で出会う現実と心理を、精神分析学的なアプローチを含め、様々な側面から描く。再刊。

日本も世界もどこでも一緒派

あとがき

こうやって見ていくと、「外国に住んでいるのだから、外国人として暮らすのは当たり前」で、「どこの世界に行ってもそれは一緒」と言うようなコメントが多いような気がします。

ちなみに「私がこのようなことを頭によぎった理由」ですが、それは実体験から来ていることに間違いありません。

私自身は別にフランスに憧れて来たわけではないのですが、まあ、他国に来た以上、その国の規則には従わなくてはと思って生活していました。

しかし、パリから田舎に引っ越して来たら、それではなぜか上手くいきませんでした。

なぜだと思った時に、「フランス人自体、外国人がフランス国籍になってフランス人顔をするのが嫌なんじゃないか?」と思ったのです。パリなどでは都会なので外国人がいることも、普通なのですが、この辺りでは、外国人は「珍しい存在」だったのです。

なぜか妄想としか思えないことを私に当てはめて言ったり(それは偏見とも言い換えれますが)、あれこれ指図したり文句を言ってきたり(とにかく話す前から嫌な様子。)などがあり、何もしていないのにそんな事をされる事がいつも不思議だったのです。そんな時に、50年と言う長い間フランスに住んでらっしゃる方おっしゃった言葉でとても納得しました。

「フランス人は根底からあなたを受け入れることはありません。あなたはずっと外国人です。」

なるほど

「あ~。同化とかそんな問題ではなく、外見がどう見ても外国人だからなのですね」

それからは、反対に何か言われても「私はフランス人ではありません。日本人です。」とはっきり相手に伝えることにしました。そして、日本人として培ってきたスキルで生き、子供達にも日本のことをガンガン教えました。そうしたところ、反対に回りのフランス人から変なことを言われなくなり、快適に過ごせるようになったんです。

日本は、素晴らしいことがたくさんあるので、出来た技でもあると思います。

「日本人」であることをハッキリ伝えた理由は、回りのフランス人が「あなたのオリジンは?」と聞いてくるのです。多分、出稼ぎのためにフランスに来るためフランス国籍を取ったと思われていたのだと思います。なので、「オリジンも何も、私はフランス人ではなく、国籍は日本人です。」と伝えたのです。そう言うと、あっけに取られる人が多かったです。

日本のことをガンガン教えたのは、知識が浅いフランス人親に教えられた間違ったイメージで、子供達が責められることがないようにです。子供達が自分でそのイメージが違うことを弁護できることがとても大切であると考えました。なので、現在では日本が優れている点を子供達自身も好きで、それをお友達にも話せるようになりました。

まあ、そういった行動が外国に住むにおいて、全てに通用する正解の対応とは思いません。それは、私の住んでいる地域での特殊性かもしれないし、この地域ではそういったポジションでいることが正解だっただけで、他の地域や、自分の専門分野や、その他の要因によって方法は大きく違ってくるでしょう。「同化」と言う意味のとらえ方も人により大きく差があるとも言えるかもしれません。

そんなことを一人で試行錯誤して暮らして来ましたが、最近はツイッターで世界中のいろんな意見を聞けてとても参考になりました。なので頂いたコメントをまとめることにより、ここで少しでも共有できれば幸いです♪

それにしても、意見をいただいた中に、「京都と同じ」と言う人が多かったのには驚きました(笑)外国人扱いの認識には、その国や、町に、歴史がある、無いにも関係してくるのかもしれませんね。

京都と一緒派

面白いのが、そういった現象は京都と同じと言う人達が多数!

コメント

  1. ソーダ より:

    フランスの地方都市在住数年の者です。

    フランスにはアジア系フランス人もいますが、母国語がフランス語にも関わらず、外見でフランス人と見なされないなら、彼らはフランス人としてのアイデンティティをどう保っているのでしょうか。「アジア系」フランス人としてでしょうか。
    身近にアジア系フランス人の知人が居ないので聞けずにいます。

    そして、元大臣のフルール ペルランは移民系でないフランス人家庭に引き取られて育ってますが、彼女の外見がアジア系にも関わらず大臣にまでなれたのは、政治的に出自がフランス系でない人を採用する流れがあったからなのか、、、と色々考えてしまいました。

    興味深い記事をありがとうございました。
    またブログにお邪魔させていただきます。

    • ulala より:

      >外見でフランス人と見なされないなら、彼らはフランス人としてのアイデンティティをどう保っているのでしょうか。
      私もそれとても気になります。地域や人によるとは思うのですが。
      でも、やはり人種系で固まる傾向にありますよね。
      もし、何かわかるったことがあれば、何かの形で紹介したいと思いますが、もし、ソーダさんも何かあれば、ぜひ教えてくださいね!

      >政治的に出自がフランス系でない人を採用する流れがあったから
      高学歴の人達は、人種で差別してはいけないことは分かっている人が多いです。権利が平等であることが法律で決まっていることもちゃんと理解しているし。政治的にもアピールになることも理解しているので。

  2. ソーダ より:

    さっそくお返事頂きありがとうございます。

    おっしゃる通り、地域と人に寄るのでしょうけど、やはりこちらでも人種系で固まってるのを度々見かけます。アイデンティティの話はずっと疑問に思っていることなので、何か知ることがあれば、ulalaさんへお知らせいたしますね。

    あとで思い出したのですが、フランス領ギニア出身のトビラ元司法大臣が選ばれた当時、初めての黒人ということで内閣でも彼女に対する風当たりが強かったそうですが、こうやって出自の違う人が選ばれているフランスの政治は見習うところもあるのだな、と思います。日本だと、歴史や国の成り立ちが違うのでなんとも言えませんが、出自の違う人に対する寛容性が低いように思うので、、、。

    • ulala より:

      >何か知ることがあれば、ulalaさんへお知らせいたしますね。
      コメント、お待ちしていますよ♪

      >こうやって出自の違う人が選ばれているフランスの政治は見習うところもあるのだな、と思います。
      フランスは、こうあるべきだと思う人がいると、最初に規則を作ったり、模範になるところで示したりすることが多いと思います。
      女性も大学に行くべきだとなれば、ヨーロッパで先駆けて、規則を作ったり、議員の女性の割合を決めたクオーター制にしと。でも、フランス国内の国民は、ついていくのが一歩遅いって感じですね。
      規則を作ってもフランスの大学には結局、フランス人女性は少なく、外国人女性が多かったとか。でも、その恩恵でポーランドからキュリー夫人が大学で学べることができて、実績を残していますが。しかしながら、外国人であり女性であることで、かなりの差別にはあっていたみたいです。トビラさんもそうですよね。国民は全員平等であると言う法律もあるのに、実際は平等ではなかった。でも、そんな中でも制度を利用して突き進んで行く方には、これからも頑張っていって欲しいです。

  3. ニューヨークの日本人 より:

    だいぶ遅れての投稿になってしまいすみません。
    たまたま、こちらのページを見たもので。

    なんだか全体的に見て、「人種」だとか「何処の地域出身」っていうふうに分けたがる傾向にある様に思えるけれど、それそのものがものすごく無意味に感じる。私達は「同類だ」みたいな勘違い。そもそも、同じ「日本人」だろうが、いくら「同じ地域出身」だろうが、嫌な人は嫌だし、合わない人とかいくらでもいるから。むしろそこらで会った外国人と気が合う事もあれば、自分が英語しゃべれるから、たまたま会ったアメリカ人と仲良くしようと話したけど、相当最悪なお人柄でそれっきりってこともあるし。だって、日本人どうし、同じ地域出身だって、いじめは起きるときは起きるし、疎外感があったりもするでしょ?確かに、頭の固い人が前提条件として「人種」だとか「出身地域」を掲げていて、そのせいで交流が進まないことになる事も中にはあるだろうけど。結局は、「個」対「個」。「私」は「私」というか。要するに、相手と関わって、好きか、嫌いか。それに限ると思う。

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